レビュー詳細

ボーカロイド音楽を漁っていると「音楽のかけら」に出会うことがよくある。なにせボーカロイド音楽はひとりでも作れるしひとりでもアップできるので、通常流通に乗ることはあまり考えられない、ワンコーラスのみの作品であったり習作であったり、作りかけで頓挫したものであったり、音楽制作の息抜きに作られたであろう音楽であったり、そういう「かけら」がふと投稿されていることがある。私はそういうかけらのことがとても好きだ。楽しいところしか作ってないから全部がばちばちに輝いている、だとか、単純に作りかけであるという情報を食った結果自分の理想の全体像が勝手に自分の中に発生するから、だとか、受け手のことを考慮していないひとりよがりな音楽への傾倒に好感をおぼえるから、だとか、肩ひじ張らない気の抜けた感じが、とか、それらしい理由はいろいろ思い浮かぶものの、結局のところ「なんか、なんとなく好きだな~」と思っている。

この『またねクレセント』を書いたしいかさんというボカロPは、まさにそういったかけらをこの数か月でいくつも投稿している方。2022年10月のボカコレ2022秋ルーキーにて『メモワール』という隅の隅まで手の入ったガラス細工のような精巧さの高速ピアノロックでデビューして以来ニコニコ動画へ5作のオリジナル曲を投稿しているが、そのうち3作がワンコーラスで、この『またねクレセント』もそんなワンコーラスの作品のひとつ。 これがもう、聞いていただければ分かると思うのだけれど、めちゃくちゃ良いんです。通常のポップスであればBメロにあたるであろう部分からスタートする、1分弱のダンスタイム。狂おしく高まる縦横無尽に乱高下を繰り返すピアノもじゃきじゃきのギターも、ぜったいに良い曲だと確信させる歌メロも、音のすべてがパーフェクト。きれはしの歌詞からは月がテーマであることと、愛と強さと反骨だけが伝わり、しいかさん本人による動画・イラストがそのきれはしの外側を想起させる。最高。

結局私たちは(というのは主語が大きいが)short動画でサビを聞いて好きになったり、街でほんのワンフレーズを聞いてshazamを開いたりするのだから、曲がフルコーラスであることは好きになって何度も聞くことに絶対必要な条件ではないのだと思う。ワンコーラスのみの投稿で話題をかっさらった作品もあり、近年ではmeiyoさんの『なにやってもうまくいかない』やすりぃさんの『テレキャスタービーボーイ』が印象的か。私はあまり詳しくないのだけれど、tiktok発の音楽にはもっと短い尺で皆の記憶に残ってる作品が少なくないだろう。ワンコーラスの音楽として投稿されたこの作品や、他にもたくさんあるそれらはかけらでありつつ間違いなく完成したひとつの宝石と思う。こうした作品を見せられるものとして捉えて私たちの目の届く場所においてくれたことが、本当に本当に嬉しい。(音楽レビューとしては外れる話だが、単純接触効果的にもこのワンコーラスを続けて投稿する行為はとても効果的で、正直めちゃくちゃ名前を覚える。もっと流行っていい。)

……とはいえ。だとしても。だとしても!こんなに最高の「かけら」を見せられたら、じゃあその本体はどんなに輝いていてどんなに大きいのだろう!!と思ってしまうのは、誰だってそうじゃないか。しいかさんが投稿を重ねるたびにじわじわと、しいかさんのことを好きになっています。あなたにも絶対注目してほしいです。

2023.06.06

レビュアー:御丹宮くるみ

#VOCALOID#VOCAROCK#ワンコーラス#初音ミク#疾走感#長文レビュー

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