レビュー詳細

初見は大泣きしてしまうこと請け合いの感動アニメーションMV。自作だからこその世界観の統一と広がりがあります。
サウンドはバンドサウンドをベースにブラスやピアノを華やかに加え、軽やかで明るい雰囲気になっています。結末は決してハッピーエンドでは無いけど暗くはない、そんな作者の思いを感じました。

物語は、主人公の「私」と名乗る女性が、悪魔に親を殺され憎しみと悲しみに打ちひしがれる「君」と呼ばれる少年と出会うところから始まります。
0:16~ 彼女は膝立ちをして少年より目線を下にしています。子供に対する基本の姿勢です。独りで戦っていたはずの女戦士ですが、こんなこともすんなりできてしまう。
そして少年のお腹が出てる、いわゆる幼児体型なのも注目です。このワンカットで、少年がいかに幼いか(=この出来事が大きな絶望か)、彼女がどれだけ愛情深い人間かが分かります。怖いくらい的確に伝わります。
その後、魔法や剣術を少年に教えるアニメーションが続きます。魔法を使えない瞬間は曇天に悔し涙の雨が降る苦しい天気でしたが、そこに2人手を重ねて灯る暖かい火。その火が広がったカットイン(この演出も天才)の後は、晴天の下で剣術の練習。魔法が使えるようになって、いくらか安心している様子が伺えます。その後は、暖かく火の灯る家で昼の怪我を彼女が治す、愛を感じられるシーン。アニメーションの1ピクセルも残さず使って少年の心象を余すところなく伝えてくるイラストの一枚一枚に脱帽です。この時点で「あ゙ぁ〜めっちゃいい……」ってなること間違いなし。

 (このレビューを読んでからMVを見る方は、ぜひ1サビの剣術のシーンの2人の動きをよく見てください。理由は後ほど)

 
2番では、2人と青い鳥1匹の旅の様子が描かれます。行く先々には青空が広がり、少年もすっかり彼女に対して心を開いています。真夜中に泣いていた少年はたくさんの笑顔を彼女に向けてくれる。彼女はそんな君に「二人旅はどうだった? 世界を見て何を思った?」と問いかけます。不遇な少年を笑顔にしようと世界を旅する、心温まるイラストが次々と登場します。

そして誰も予想だにしなかった、恐怖の悪魔開眼。

きっと彼女はその悪魔を見た瞬間、自身の命を引き換えにしないと少年を助けられないことを悟ったのでしょう。だからこう言った。

「ただ私が ただ私が望んで選んだ道」

彼女はその後に続くCメロで少年に「一人で行けるさ」と語りかけます。これはきっと、少年に伝える以上に彼女に言い聞かせているのでしょう(なぜそう思ったかは後述します)。

このCメロから、今まで過去形だった歌詞が全て現在形に変わります。
今までの楽しい思い出は、全て悪魔を目の前にして少年との別れを悟った彼女の回想だったのです。
死を前にしたその瞬間、少年の未来へ「だからもう大丈夫だ」と苦し紛れに発する彼女の言葉がどれほどの不安と心配と愛に満ちているのか……この時点でもう涙腺が壊れます。

そして彼女は眼前に迫った悪魔の手を焼き払い、「舞い納め」へと向かいます。少年に、最高の未来をあげるために。

この部分で象徴的なのが、少年が旅の初めに見つけた、一般に幸せの象徴とされる青い鳥を結界で包むシーン。二人旅をしたその時から少年の幸せが既に手の中にあったこと、そしてそれを守るのが彼女の役目であることを示しています。へにゃ、としょぼくれて彼女の手の中に収まる様子が気の抜けた安心感を与えてくれるからこそ、そんな青い鳥(=少年の幸せ)を守ってあげたいという共感を強く呼び起こします。

そしてラスサビ、大サビでは、命令口調で少年への怒涛のメッセージが紡がれます。言葉尻は戦士である彼女の人格を滲ませつつ、その歌詞は全て人生を通して大切な教えです。まるで遺書のような歌詞に、ここまで耐えていた人の涙腺も崩壊したのではないでしょうか。

この話をするためにこのクソ長レビューを書いている、と言っても過言では無いMVの超超超最高ポイントが、3:22~からです。
悪魔の攻撃を彼女が軽々と避けるシーンなのですが、この動き、既視感無いですか?

そう、1サビの剣術修行の彼女の避け方と同じなのです。避けた後に隙を突いて悪魔の手を跳ね除けるところまで、少年との修行と構図が被っています。
悪魔となっても、所詮弟子は弟子。
思い出と重ね合わせて悪魔を退けるエモさと、彼女の圧倒的な戦闘力を感じる、胸が熱くなるシーンです。

それと同時に、少年が悪魔になっても彼女に勝てないという事実は、少年にはまだまだ彼女に学ぶべきことがあることも示唆しています。少年はもう弱くはない、しかしきっと強くもない。「もう教えることは無い」と思える根拠は、実はこの曲のどこにも無いのです。
さらに、この悪魔が少年と同じ動きをしたということは、彼女は意図せずに悪魔に戦いの教えを施し、加担していたということになるのです。「私が望んで選んだ道」の先に。
だからこそ彼女は死を前に「君」が大丈夫であることを言い聞かせるように繰り返し語るし、まだまだ教える事が沢山あった少年の進む道から災いを取り払うために、悪魔に手を貸した自分の責任を果たすために、命を賭してでも悪魔を倒さなくてはならないのです。

し、しんどいって〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

そしてこの曲の Most 涙腺タコ殴りポイントがここ。

「体は大切にしろ 野菜も食え 腹は出して寝るな
もっと もっと もっと君を見たかった」

ここ、ほんとに、今までの言葉より遥かに距離が近いんです。
少年は肉ばっか食ってるし腹は出して寝るし、そんなの近くで見てないとわかんないじゃないですか。他でもない「君」に贈る言葉だからこそ、こんなにパーソナルな、視聴者に関係ない話が出てくるってことじゃないですか。
そして最後に、少年を抱きしめながら、「もっと君を見たかった」と、言葉を遺す。それはまるで、我が子の成長を見守ることを楽しみとする母のような行動と言葉です。
少年に結界を張ってあげることが、その時彼女にできる唯一の事だった。

本当はきっともっと長い時間をかけて、色んなことを教えて、たくさんの景色を見たかったに違いないんです。
それでも彼女は、自分の使命と愛する少年のために、一世一代の「奥義」を発動しました。

うっ……うぅっ……うぇ……ひっぐ……(号泣)

最後に、少年が草原の中にゆっくりと横たえられるカットでこの楽曲は幕を閉じます。安らかな少年の顔は、戦いに決着がつき、災いが去ったことを暗示させてくれるものでした。

ここまで長々と語ってしまいました……。
さて、皆さんはこのMVを見て、このMVの後の展開について何か考えましたか?
私はこの作品について、正直な感想を言えば「前日譚」だと感じました。次作があるなら、きっと少年が主人公で、そこからが本編だと。

物語の登場人物は、主人公を始めとするいくつかの属性に分類されると言われています。
主人公は、成長を義務づけられています。
「もう君は負けない」「君はもう弱くはない」という歌詞は、物語を通して成長する典型的な主人公の特性です。
さらに言えば、作品の背景、特に1番の背景は少年の心象に合わせて変化していく傾向がありました。
つまり、この物語の主人公は少年なのだと私は考えています。

では、作品の中心人物である女性は何者なのか?
彼女は、主人公を導く「メンター」という存在です。
戦闘の手ほどきは、まさしくメンターの役割と言われています。ラスサビ、大サビの「もっと世界を見て〜」からの言葉は、もうメンターど真ん中のセリフです。大抵の物語では、主人公がこの教えを胸に一人で歩き始めるのです。

この作品、一見主人公が女性のように見えますが、物語構造的には主人公の少年を別角度から見た、いわばアナザーストーリーだと感じられます。
私たちのための。

幼い頃にメンターに助けられた主人公は、しばしば悩みに囚われます。
「自分がいたせいで、メンターの人生を不幸にしてしまったのではないだろうか?」
この悩みは、メンターと主人公の信頼関係が深ければ深いほど、主人公が無邪気であればあるほど深く主人公を悩ませます。どんな敵を倒すより難しい「亡き人の心情を察する」という行為は、ひとつの作品のテーマにすらなりえます。
きっと「奥義」の少年は、この後自分で解を見つけて一人勝手に納得するしかありません。
しかし、私たちは知っています。
「私は楽しかった 私は嬉しかった 君が笑ってくれたから」と。
「その涙流れぬ日を願った」と。
「君は何も悪くはない」と。
メンターである彼女が思っていたことを。

「奥義」という曲は、主人公である少年の旅立ちまでの前日譚であり、その旅立ちの前に、先回りして視聴者にひとつの答えをこっそり教えてくれました。

主人公を育てた彼女は、幸せだったのだと。

主人公が知り得ないもうひとつの物語を、あなたもぜひご覧ください。

あ、ハンカチかティッシュは手元に置いておいた方がいいですよ!

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